映画「マッドマックス 怒りのデスロード」感想① 敵から逃げまくるが、結局戻る話から見えてくることとは?

ともちんです。私は映画が好きなんですが、ナリ心理学の心理アドバイザーをしてることもあり、映画とナリ心理学のこ2つを掛け合わせて、よく映画の感想を書いています。

それで今回は、「マッドマックス 怒りのデスロード」という映画についてとりあげてみようと思います。(今回はタイトルにあるようにネタバレしてます、ごめんなさい)

今回はどうしても、言いたいことが2つあったので、2回に分けて書きますね。

それでは、今回は、①敵から逃げまくるが、結局戻ってくる話から見えてくることとは?

について書いていきますね。

 

 

まず、この映画のストーリーなんですが、ものすごーく簡単にして一言で伝えると、悪から逃げるけど、結局元いた場所に戻ってくる話なんです。

 

え?それだけ?となると思うので、もう少し詳しく書いていきますね。

 

近未来の荒廃した地球が舞台なんですが、食料や水も資源もなく、生き残った人類はなんとか生き伸びてる状態です。

そんな中、悪のボス、イモータンジョー(ヒュー・キース・バーン)が資源を独り占めして、人々を支配し、独裁国家を作ってるんですね。

それに嫌気がさした、女戦士フュリオサ(シャーリーズ・セロン)と、イモータンジョーの妻達が、微かな希望を胸に、まだあるかもしれない、フュリオサの故郷の自然溢れる「緑の地」を目指して逃げる話なんです。

 

で、そこに巻き込まれるのが主人公のマックス(トム・ハーディ)なんですね。

 

 

 

前半は逃げる女達と主人公、追いかける悪の集団という構図になってます。

 

ですが、途中で残念なことに気づくのです。

逃げまくって、いくら探し求めても、「緑の地」など見つかる希望はないと。

逃げる主人公達、特にフュリオサは絶望します。

 

ですが、1つだけ策はあったのです。

それは、ものすっごく嫌だけど、悪のボス、イモータンジョーを倒し、元いた場所に戻ることです。

なぜなら元いた場所には、緑が溢れていて、水も食料も資源があったからなのです。

つまり、荒廃していく世界の中で、緑溢れる土地を逃げながら探し回るより、戻った方がそれら探し求めているものが確実に手に入る と気づいたんですね。

実は、喉から手が出るほど切望していたものは、元いた場所に全て揃っていたのです。

ものすごく危険で、自分や仲間も死ぬかもしれない賭けでもありますが、主人公達は、悪のボスイモータンジョーと対峙し、戻ることを決意します。

後半はその戻っていく様子が描かれています。

 

 

 

このように、ハラハラ、ドキドキ、興奮しながらこの映画観ていたんですが、なんかこれって、心の仕組みと全く同じだな〜って痛切に感じたんですよね。

どういうことかというと、

不安から逃げて、どこか別の場所に解決策を求めても、結局は何も解決はしないってことです。だからこそ思い切ってその不安と向き合ってみると人生がひっくり返るんですよね。

(ナリ心理学では不安から逃げることを通称「地獄のデスロード」と呼んでいて、この映画からもじってます)

上に不安からの逃げと書きましたが、これは、人生の課題と言い換えてもいいと思います。

この不安と向き合うことが、めっちゃめちゃ勇気いるんですよね。

だって、この不安と向き合いたくないから、色んなこと悩んだりして誤魔化してるんですもの。

ですが、どうしても嫌だとは思いますが、痛いとこに目を向けることにこそ、人生が好転するヒントが隠されているんですよね。

みなさんも、この映画を観て楽しみつつ、私の向き合いたくないこと、逃げてることって何だろう?と考えてみてもいいかもしれませんね。

 

感想②に続きます→映画「マッドマックス 地獄のデスロード」感想② 粋なババアになって、潔く散りたい。